アガベについて
一生に一度だけ花を咲かせ、そして枯れるテキーラとメスカルを生む植物『リュウゼツラン』
テキーラもメスカルも、リュウゼツラン(アガベ)という一種類の植物から造られます。 収穫まで何年もかかり、一生に一度しか花を咲かせない、変わった育ち方をする植物です。 その性質を知ると、二つの酒の値段も、造り方も、見え方が変わります。
アガベとは?
リュウゼツラン(アガベ)は、乾いた土地に育つ多肉植物です。棘のある厚い葉を放射状に広げた姿から、サボテンの仲間だと思われることがありますが、別の植物です。葉に水分と養分をため込み、何年もかけてゆっくりと育ちます。
アガベはすべてアメリカ大陸の原産で、世界に200種ほど、その半分以上がメキシコにしかありません。日本では観葉植物として知られていますが、メキシコでは屋根を葺き、繊維を採り、樹液を発酵させ、そして蒸留して酒にする、暮らしに深く入り込んだ植物です。
名前と学名は1対1ではない
アガベの名前には、少しややこしいところがあります。ラベルに書かれた品種名の多くは現地の呼び名で、植物学上の種や変種と1対1で対応していません。
たとえば「バリル」「マードレクイシェ」「トバシーチェ」は、いずれもカルウィンスキー系のアガベを姿によって呼び分けたものです。植物学上の変種として認められた区分ではなく、その土地の人たちが形や使い道にもとづいて分けてきた呼び方です。逆に「アロケーニョ」のように、一つの呼び名が複数の変種にまたがって使われる例もあります。地域によっては、同じものをシエラ・ネグラと呼びます。
そのため、呼び名から学名を逆算することはできません。このサイトでは、ラベルや現地で使われている呼び名をそのまま尊重し、系統をカタカナで示すという書き方をしています。
酒に使われるアガベ
200種ほどのうち、酒造りに使われるのは一部です。メスカルでは30種前後から50種ほどが使われるとされますが、公式規格が「メスカルに使える品種」の一覧を定めているわけではありません。その土地で採れるものが使われるため、数え方によって幅が出ます。
一方テキーラは、ブルーアガベ1種だけと規格で決められています。同じアガベの酒でありながら、テキーラが1種、メスカルが数十種という違いが、二つの酒の性格を大きく分けています。
※品種ごとの味わいの違いは、メスカルの原料となるリュウゼツランで7品種を比較しています。
※このページに出てくるピニャ、キオテ、ヒマドールといった言葉は、初めて出てきたところで説明していますが、アガベの用語にもまとめてあります。
一生に一度だけ咲いて枯れる
アガベの最大の特徴は、その一生にあります。何年もかけて育ち、一度だけ花を咲かせ、そのまま枯れる。この性質を単回結実と言います。酒造りにまつわるアガベの事情は、ほとんどがここから導かれます。
キオテとデスキオテ
花を咲かせるために株の中心から伸びてくる巨大な花茎を、「キオテ(quiote)」と呼びます。5メートルを超えることもあるこの花茎は、株の中心部(ピニャ)に蓄えられた糖分を吸い上げてしまうため、伸びてきたところで切り落とします。この作業を「デスキオテ」と言います。
花茎を伸ばして開花すると、株に蓄えられた糖分が花の形成に使われ、酒造りに適した状態を失っていきます。キオテが伸び始めたのを見逃さず、花が咲く前に切り落とすこと。ここを数値で測ることはできず、造り手の経験がものを言います。
デスキオテのあとは、数ヶ月から1年ほど置いてから収穫するのが一般的です。キオテが出ていない株でも、下の葉が茶色くなってきたら収穫どきのサインになります。実際にどこで刈り取るかは畑や造り手の考え方によって幅があり、決まった年数があるわけではありません。
子株で増やすか、種から育つか
花を咲かせる前に収穫するということは、種子を採る機会がほとんどないということでもあります。そのため商業栽培では、親株の周りに出る子株(イフエロ)を植え替えて増やすのが中心になります。植えてから3年ほどで1株あたり3つほどの子株が出てくるので、これを抜き取り、大きいものを選んで別の畑に植え替えます。
これはテキーラのブルーアガベに限った話ではありません。メスカルで最も多く使われるエスパディンも、同じように子株で増やされます。違うのは規模です。テキーラは1種類のアガベを広い面積で育てるため、種子から更新される機会が乏しい状態が大きく続きます。
これに対して、野生のアガベは種から育ちます。畑で増やせるものと、山や岩場に自生するものとで、育つまでの年数も、採れる量も、価格もまったく変わってきます。
※子株で増やすことを繰り返すと遺伝的な多様性は広がりにくくなりますが、栽培されているブルーアガベを調べた研究では、個体のあいだに予想以上の遺伝的な差が見つかっています。畑の株がすべて同一というわけではありません。病害のリスクも、苗の移動、排水、土壌、気候、単作、害虫などが重なって生じるもので、増やし方だけで決まるものではありません。
なぜ何年もかかるのか
アガベが収穫できるようになるまでの年数は、品種によって大きく違います。エスパディンやブルーアガベは6〜8年、野生のテペシュタテでは25〜35年とされることもあります。
ただしこの年数は、規格で定められた数値ではありません。畑で栽培されたものか自生したものか、地域、標高、水分、土壌、育て方、そして採取する人が何をもって「熟した」と判断するかによって変わります。同じ品種でも資料によって値が食い違うのは、そのためです。種をまいてから花が咲くまでを同一の株で追いかけた測定値は、確認されていません。
※品種ごとの目安は、メスカルの原料となるリュウゼツランにまとめています。数字は幅のあるものとしてご覧ください。
なぜ加熱するのか
テキーラもメスカルも、造り方の早い段階で必ずアガベを加熱する工程が入ります。窯で蒸す、あるいは土の中で蒸し焼きにする。この手間をかけるのには理由があります。
アガベが蓄えている主な炭水化物は、アガベ・フルクタンと呼ばれる長くつながった糖です。酵母は、この長いままの糖を食べることができません。加熱すると、熱と酸性の条件のもとでこの結合が切れ、フルクトースなどの発酵できる糖に変わります。加熱は、アガベを酵母が扱える状態にするための工程です。
伝統的な煉瓦窯を追跡した研究では、加熱の初期に約20%だった糖への転換率が、25.5時間後には約98%に達しています。このとき生まれる糖の80%以上がフルクトースでした。加熱が足りずにフルクタンが残ると、理論上得られるアルコールの量が6%ほど落ちます。
逆に加熱が過ぎると、HMFやフルフラール類、メイラード反応による生成物が増えます。これらは香りに寄与することもありますが、濃くなりすぎると発酵を妨げたり、焦げや苦味として出たりします。
※温度や時間だけを取り出して語ることはできません。品種、切り分けたピニャの大きさ、酸性度、窯のどこに置かれたか、水分の状態など、熱の履歴全体が効いてきます。
土窯と蒸気窯
メスカルで使われる土窯は、穴に熱した石を敷いてアガベを積み、覆って蒸し焼きにするものです。窯の中で温度が大きく変わるため標準化しにくく、煙との接触、局所的な高温、長い保温といった条件が香味に寄与すると考えられています。テキーラで多い蒸気窯やオートクレーブは、これに比べて制御しやすいものです。
※同じアガベ、同じ粉砕、同じ発酵、同じ蒸留器で、窯だけを変えて比べた研究は確認されていません。市販品の香りの違いをすべて窯によるものと説明すると、品種や発酵、蒸留の影響を見落とすことになります。
何年も先を見て植える
収穫まで6年から8年かかる作物で毎年の収入を得るには、畑を年ごとに分けて回すしかありません。7年で回すなら、全体の7分の1を毎年植え、7分の1を毎年収穫します。一度にすべて植えてしまえば、次の収穫までの数年間、収入が途絶えてしまうからです。
この時間差が、アガベの価格を大きく揺らします。価格が高騰すると農家はいっせいに植え付けを増やしますが、それが収穫できるのは6年から8年後です。その頃には供給が余って価格が崩れ、今度は誰も植えなくなる。数年後、今度は不足する。今日の判断の結果が出るまでに6年から8年かかるという構造が、需給の調整を難しくしています。
20年分の価格
実際の値動きを見てみます。ハリスコ州で栽培されるブルーアガベの、年平均の農家販売価格です。長期にわたって価格が公開されているアガベはテキーラ用のブルーアガベだけですが、値動きが生まれる仕組みそのものは、ほかのアガベにも同じように働きます。
| 年 | MXN/kg | 年 | MXN/kg | 年 | MXN/kg |
|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | 1.40 | 2012 | 1.25 | 2019 | 20.67 |
| 2006 | 1.16 | 2013 | 1.82 | 2020 | 21.84 |
| 2007 | 2.71 | 2014 | 4.88 | 2021 | 20.51 |
| 2008 | 1.39 | 2015 | 5.06 | 2022 | 21.86 |
| 2009 | 1.09 | 2016 | 6.84 | 2023 | 24.18 |
| 2010 | 1.04 | 2017 | 10.36 | 2024 | 22.21 |
| 2011 | 1.24 | 2018 | 16.32 | 2025 | 7.62 |
2005年から2012年までの8年間、1キロ1.0〜1.4ペソという底値が続いています。そこから上がり始めて2023年に24.18ペソ、底値のおよそ20倍に達し、2025年には7.62ペソまで落ちました。6年から8年という時間差を挟んで、植え付けと収穫がすれ違い続けた結果です。
※ハリスコ州の年平均の農家販売価格です。契約栽培や糖度、病害、地域、収穫時期を平均した数値で、日々の取引価格とは別のものです。報道される相場はこれより大きく振れます。2005〜2023年は査読論文(Environmental Modeling & Assessment)、2024〜2025年はメキシコ農牧水産情報局(SIAP)の公開データから算出しました。
※「7年周期」と呼ばれることもありますが、規則正しく7年ごとに反転するわけではありません。輸出、在庫、為替、インフレ、病害、契約の内容も影響します。7年は周期というより、供給の調整にかかる長い時間差と考えるほうが正確です。
なぜ店頭価格は動かないのか
原料が20倍動いたのなら、酒の値段も同じように動きそうなものです。ところが2005年から2012年にかけての底値期、テキーラの店頭価格は下がりませんでした。
原料費は小売価格の一部にすぎないからです。酒税、輸送費、関税、輸入から小売までの各段階のマージン、そして瓶や箱の費用。これらはアガベの相場に連動しません。原料が高騰した局面でも同じことが起き、値上げは相場ほど急には進みませんでした。テキーラの価格を左右するもので、この内訳をご紹介しています。
野生のアガベはなぜ高いのか
メスカルには、畑で栽培された品種を使うものと、山や岩場に自生する野生種を使うものがあります。野生種を使ったものは、はっきりと高くなります。理由は一つではありません。
まず、育つまでの年数です。畑のエスパディンが6〜8年で収穫できるのに対し、野生のテペシュタテは25〜35年とされることもあります。一本の酒のために、四半世紀ぶんの時間がかかっている計算になります。
もう一つが、増やし方の問題です。アガベは一度花を咲かせると枯れる植物ですから、花が咲く前の成株を丸ごと収穫すると、その株が種子を残す機会は永久に失われます。畑の品種なら子株で増やせますが、野生種の多くは種子に頼っています。採り続ければ、次の世代が減っていきます。
トバラやテペシュタテの研究では、開花前の採取、管理計画の不足、自然の個体群への依存が、持続性のリスクとして論じられています。希少だから高い、というだけの話ではありません。
そのため、野生のアガベを扱う現場では、次のような取り組みが必要とされています。
- 花を咲かせ、種子を残す個体を一定数残しておく
- 子株だけに頼らず、種子から苗を育てて補植する
- 採取する量と、その土地で再生する速さを、地域と種ごとに管理する
- アガベが育つ土地と、花粉を運ぶ生きもの、とくにコウモリを守る
- 野生、半栽培、畑での栽培を、ラベルや記事で区別して伝える
※アガベの花はコウモリによって受粉します。開花する個体が減れば、コウモリの餌も減ります。野生のアガベの持続性は、その土地の生きもの全体とつながっています。
ヒマドールという職人
アガベを収穫する職人を、ヒマドール(jimador)と呼びます。葉を刈り落とす作業を指すヒマ(jima)から来た呼び名で、その語源はナワトル語で「削ぐ」を意味する言葉にさかのぼるとされます。多くは親から子へ受け継がれてきた仕事で、日差しの下で続く、体力の要る仕事でもあります。
手にしているのは「コア」と呼ばれる道具です。長い柄の先に円い刃が付き、かみそりのように研ぎ上げられています。ヒマドールはこれ一本で、葉を落とし、根を切り、形を整えます。
ヒマドールの技は、力仕事の腕前だけではありません。どの株が収穫どきかを畑で見極めるのは、彼らの判断です。そして、葉をどこまで深くそぎ落とすかという加減。葉の付け根にはワックス質の成分が含まれており、残したまま蒸すと苦味の原因になります。逆に深く削りすぎると、糖分を含む果肉まで落としてしまい、とれる酒の量が減ります。削る深さの差はわずか数センチ。求める味に合わせて蒸留所から削り方の指示が出ることもあり、同じ畑から採れたアガベでも、ここで仕上がりが変わってきます。
ヒマドールは、畑を持つ農家自身であることもあれば、蒸留所や農園と契約して入る専門の職人であることもあります。どの株をどう刈るかが味に響くだけに、自前のヒマドールを抱える蒸留所も少なくありません。なお、アガベには決まった収穫期がありません。株ごとに熟した順で刈り取られるため、畑での作業は一年を通じて続きます。
※コアを使って葉を落とし、ピニャの形に仕上げるまでの流れは、アガベの収穫工程で写真とともにご紹介しています。
アガベの用語
このページとテキーラ・メスカルの各ページに出てくる、アガベにまつわる言葉をまとめました。
| ピニャpiña | 葉を落とした株の中心部。スペイン語で「松ぼっくり」を意味し、見た目に由来する呼び名です。直径50〜80センチ、重さは数十キロ。ここに蓄えられた糖分が酒になります |
|---|---|
| イフエロhijuelo | 親株の周りに出る子株。スペイン語の「息子」から来た言葉です。これを抜き取って植え替えることで、栽培される品種は増やされます |
| キオテquiote | 花を咲かせるために株の中心から伸びる花茎。5メートルを超えることもあります |
| デスキオテdesquiote | 伸びてきたキオテを切り落とす作業。糖分が花に取られるのを防ぎます |
| ヒマjima | アガベの葉を刈り落とし、ピニャを取り出す作業 |
| ヒマドールjimador | ヒマを行う職人 |
| コアcoa | ヒマドールが使う道具。長い柄の先に円い刃が付いています |
| フルクタンfructan | アガベが蓄える、長くつながった糖。加熱によって分解され、発酵できる糖に変わります。ここだけは現地の言葉ではなく化学の用語で、スペイン語では fructano と呼ばれます |
テキーラとメスカルへ
ここまでがアガベという植物の話です。同じ植物から生まれた二つの酒が、どこで分かれるのかをご紹介します。
| テキーラ | メスカル | |
|---|---|---|
| 使うアガベ | ブルーアガベ1種のみ | エスパディンやテペシュタテなど数十種 |
| 主な産地 | ハリスコ州を中心とする5州 | オアハカ州を中心とする13州 |
| 加熱方法 | 石窯や圧力窯で蒸す | 地中の土窯で、薪と焼石を使って蒸し焼きにする |
| ページで読めること | 高地と低地による味の違い、蒸留所での7つの工程、熟成による種類の分かれ方 テキーラについて |
土窯で蒸し焼きにする伝統的な製法、品種による味わいの違い メスカルについて |
※二つの酒の違いは、メスカルとテキーラの違いでもう少しくわしく比べています。





